PJA名誉会長 工学博士 紺野大介
  • 一般社団法人ピロールジャパン
  • 名誉会長 工学博士 紺野大介

藍藻(シアノバクテリア)農法の魅力

農業の作物が“土壌”の善し悪しによって変化すること__は門外漢でも理解できる。土壌の“壌”の字は、意符である土偏に音符である襄と書く。「襄」は甲骨金文辞典によれば「柔らかく良く肥えた」の意。酒醸造の“醸”の字も酉偏に襄と書く。因みに「酉」は「蓋つきの酒樽」を意味するそうである。また大切に育てられる御“嬢”様は、女編に襄と書く。更に「謙譲」のように、他者に対し控え、深みある振舞でもある“譲”の字は、言偏に襄と書く。いずれにせよ「襄」の字は、大事に温め、豊かにする__という意味合いである。

従って農業でいう土壌とは、土の中で長時間かけて醸し出された物理的、化学的、生物的な性質の集合体であり、新たな生命体を育む場(圃場)といえよう。

しかしながら幾多の戦争や工業化に加え、昨今の化石燃料に起因する二酸化炭素を主因とする地球温暖化、酸性雨、大量の農薬に代表される人工的化学物質による汚染が、長い年月をかけ我国土壌の表土に宿ってきた肥沃性を相当量浸食し、破壊してきた。

こうした社会科学的現実を見る時、一方で自然科学的事実として地球創生後、藍藻(シアノバクテリア)は、今から32億年前、南アフリカの地層から生物世界最古の化石として発見された。温度に無関係に地球上至る所に分布する藍藻は、単細胞生物で、光合成により二酸化炭素を吸収し酸素を発生、放出する。また空気中では窒素を同定する能力がある。藍藻の優秀性、特異性、効能効果は多々あるが、詳細はこのPJAの幹部や会員が有する数々の知見や蓄積した諸データをよく視座して戴ければ感謝である。序でながら筆者が藍藻と向き合う原点は、誤解を恐れずに言えば『藍藻(シアノバクテリア)が在る所に生物が存在し、転じて人類が生存できるという根源の認識』に依っている。

特に先の敗戦後、土壌の藍藻が減少。この藍藻再生を基軸とした藍藻農法は、所謂「有機農法」とは異なり、分解・酸化を極力抑制し、藍藻という独立栄養微生物による還元作用で土壌復活へ導く農法である。既存の有機農法には見られない強力なキレート作用(ミネラルを体内に吸収し易くし、有害な金属を体外へ排出する)が働き、高ビタミン、高ミネラル、弱アルカリな農作物が収穫できる。長い雌伏期間を経て継続的に推進してきたこの「ピロール農法」(商標)が農耕に則して35年。未だ未だ調査研究の部分もあるが、現状で判明している身体への様々な高付加価値農作物を食事のベースに添えて、“穣々”(幸福で恵まれているさま)で健康な生活に貢献できれば本懐である。

ピロール君 SVG

PJA代表理事・会長 黒田與作
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  • 会長 (代表理事) 黒田與作

ピロール農法とは有機農法を超える究極農法

代々農家というDNAしか持ち合わせの無い浅学菲才の私が、代表理事など資格・品格が無きに等しいことは自認している。しかしながら神は時折お遊びなのであろう、いと小さき者をひな壇に載せるようだ。28歳から「農業の何たるか」を模索して本年70歳を迎える私は、振り返ると「農業とは“みどり”を作る事」だったのだと思う。“みどり”といっても並みの“みどり”ではない。

江戸時代、越前(現福井県)の灯明寺地籍の水田から収穫される米は「お引きどり米」と言われ代々、藩主・松平家に貢がれてきた。この水田は時期がくると、恰も鮮血を流した如く一面が真紅になる圃場であった。この「お引きどり田」は冷害や旱魃病害虫にも強く毎年応分の収穫があったという。後年この不思議な真紅の土の「何故」を直視し、研究した御仁が時の県農業試験場の寺島利夫農学博士。真紅細菌に酸素発生に必要なマンガン錯体が付いた光化学反応を発見した。爾来奥様共々ご縁深まり、言い尽くせないほどの艱難辛苦の氏の研究一徹と内容に魅せられ以来、この土に40年後の今も魅せられ続けている。

この真紅色の土壌は摩訶不思議なことに時間経過と共に緑色(これが本物の“みどり”に繋がる)に変化する。この事象を米国帰りの北陸のエジソンと言われた酒井弥理学博士が引き継ぎ、基盤研究を発展させた。酒井氏の20年にも及ぶ実験検証という献身的な研究により、真紅色から緑色への土壌変化の主因が藍藻(シアノバクテリア)によってもたらされる事、藍藻こそ農業の連鎖障害を解決できる切り札と結論付けたのである。

一方、乱読も含め読書については不肖、人後に落ちないつもりであるが、今の世の中全体を俯瞰すると、終末の時代、人々の心・体は疲弊しつつあると強く感じる。何故こうなってしまったのか? 今後どうすべきか? 次世代の若者にどう責任をとるか?….等も“みどり”の獲得同様模索している。ヒトが「ひと」でなくなりモノとカネに固執し、己だけ・今だけという強欲に走り続けた顛末なのだろう。乱暴に言えば、この農業から人間回帰の原点に立ち帰ることも余技ながら模索している。

故酒井弥氏は「100年経っても、ピロールを超える農法は出てこない」と言った。また「ひと」の世の在るべき姿、どう生きるかを指導戴いた美学者、無冠の帝王と自称していた故神門酔生氏は、私の心が何度も朽ちかけようとした時「この農法を止めてはいけません。続けるのです。必ず本物の「ひと」が現れてお前を助ける。何故ならこの仕事は本来、国が取り組むべき仕事なのですよ。食えなくても続けるのです」と述べたのが耳朶に残っている。理解を深めて戴く組織PJAも出来、これからが本番と思いますが、心ある人々の参集をお待ちしたい気持ちでいっぱいです。